一期一会を大切にする(Nさん・30代男性)
自覚なき憑依
加勢先生との初めての出会いは、友人からの誘いでした。「面白い人がいるから、一緒に会いに行かない?」という提案に、私は軽い気持ちで「行く」と答えたのがきっかけです。
その際、友人が加勢さんと話をしている傍らで興味を惹かれていたところ、加勢さんから「君は何か影響を受けているかもしれないね」と言われました。その影響を及ぼしている霊は年老いたおじいさんで、あるお寺で「私が孫に似ていたから」という理由で、懐かしさから憑いてきたようです。
加勢さんは、その霊が憑くことになったお寺の絵を描きながら、「こんな形の木枠の窓があって、少し離れたところにこんな建物があった」と解説してくれました。私は仕事上、さまざまなお寺に訪れる機会がありましたが、そのお寺がどこなのか全く見当がつきませんでした。親友の勧めだったこともあり、加勢さんの評判も聞いていたため、その話はちゃんと心に留めておくことにしました。
いざなわれたお寺
その後、あるお寺に用事があって訪れた際、ふと振り返ると、何気なく見覚えのある窓が目に入りました。それは加勢さんが描いてくれた絵にあった窓と同じ形でした。お寺の窓にはそれぞれ特徴があることは知っていましたが、加勢さんの描いた絵はどこにでもある形ではありませんでした。恐る恐る周囲を見回すと、やはり加勢さんが描いたのと同じ建物がありました。
背筋が凍る思いでした。おじいさんが憑いてきたのはこのお寺だったのです。
加勢さんの言葉を思い出し、気づいた時には本堂に向かって手を合わせ、「私はあなたの孫ではありません。どうかお引き取りください」と心の中でお願いしました。その後すぐに加勢さんに連絡を取り、霊的な影響を完全に祓ってもらいました。そうするためには、まず私自身がその存在に気づくことが重要だったようです。
霊体の影響は様々
おじいさんの霊は特に恨みを抱いていたわけではないため、直接的な悪影響はなかったようです。ただし、霊が憑いているだけで「身体の熱」を吸い取っていき、体力が低下することがあるとのことでした。最悪の場合、愛情が執着に変わり、「こちらへおいで」と死の世界に招かれることもあると言われました。
守護霊として、人には親族や先祖の霊がついています。その愛情は「本当の守り」と言えますが、「愛情」ではない「情」がシンクロして憑いてくる場合は、良い結果にはならないとのことです。「聞いてもらいたいから」「優しそうだから」と憑いてくる霊は、心情や温情といったその人の熱を奪うのだそうです。これは霊媒体質に関係なく、私のように自覚症状がほとんどない場合も含まれます。
長期的に見ると、体力低下やあちら側の世界へ引き込まれる可能性があるとのことでした。
死に関わるサイン
この出来事以降、加勢さんに相談するご縁が続いています。特に大きな相談は、私の本家のお墓に関することでした。私は本家の跡継ぎですが、東京に住んでいます。先祖代々のお墓は大分にあり、なかなか行くことができないため、墓守は近くに住む遠縁の親戚にお願いしていました。
その際、親戚から「草が生い茂っており、土地も広いのでコンクリートを敷かせてほしい。費用はこちらで持つから」との申し出がありました。面倒なことをお願いしているという気持ちがあったため、父はその申し出を承諾しました。
しかし、私の心の中には「それでいいのかな」という疑念が消えませんでした。父が健在で親戚とのやり取りをしているため、遠慮して口出しできずにいました。
二年後、申し出をした親戚のご主人がガンで亡くなりました。不吉な予感がしたため、親戚が墓地で写っている写真を持って加勢さんに相談しました。その写真には、不思議な赤い輪のような光が写っており、ご主人と墓石の業者さんがその輪に囲まれるように写っていました。
現地調査
加勢さんによると、その写真からはご主人と業者さんが先祖様たちから怒りを買っているとのことでした。つまり、ご主人はたたられていたのです。男性の場合、たたりはガンなどの腫瘍系の病気で現れることが多いとされています。ただし、すべての病気の原因がたたりであるわけではありません。
亡くなったご主人は私たちと同じ血筋ではなく、奥さんであるおばさんが私の親戚の血筋を引いていました。通常、たたりは血筋をたどり、その親族に年功序列で降りてくるものですが、血縁がなくても身近な人に影響を与えることがあるそうです。このままではおばさんにも影響が出るかもしれないという懸念がありました。その後、私の父に影響が及ぶ可能性もあるとのことでした。
加勢さんは「写真からだけでは何がそれほどの怒りを生んでいるのか分かりづらい。整理するためには実際に行ってみないと分からない」と言ったため、私は全てを父に話して理解してもらい、加勢さんに大分まで一緒に行ってもらうことにしました。私にとっては、大分への墓参りが初めての機会でした。
実際にお墓に行ってみると、私たちが知らない間に新しく階段と通路が作られていました。
墓石も、私の先祖代々の石碑より前に親戚の墓がせり出して建てられていたのです。加勢さんが墓石とは異なり、通路の方に水を打ち始めた際、昔土葬だった時代に埋められた先祖が流れてきているとのことでした。
墓地内に他人の骨が入っているということ自体、良くないことだそうです。
その先祖は大変悲しんでおり、墓守を熱心にしていたおばあさんと私を守護してくれているご先祖様の霊も強く怒っていました。先祖たちはそれぞれ性格の違いで度合いの違いはあるものの、訴えかけていました。
ただし、済んでしまったことなので、コンクリートにしたことや身体が通路の下になってしまったこと、怒りが原因で一人が亡くなったことも踏まえて、加勢さんに浄霊をしてもらいました。
心の示しかた
加勢さんは私に「あなたがお墓を洗いなさい」と指示しましたが、そこには洗うための道具がありませんでした。とりあえずバケツに水を汲み、手で墓石を洗うことにしました。
後で聞いたところ、それには特別な意味があったそうです。加勢さんは霊と直接話すことができる一方で、私にはその能力がありません。したがって、私の誠意を行動で示す必要がありました。
普通、洗うものがないからといって素手で洗うことは考えにくいですが、炎天下の中、私は自然とそうしました。それがご先祖様が私を選んだ理由だったのです。
ご先祖様たちは、私が何とか心をかけてくれるだろうと理解していたのだと思います。ご先祖様たちは、私を理解してくれる人を選び、霊能力があり話が通じる加勢さんと出会わせたのです。
霊体も「人の思い」であり、結果だけが良ければ良いのではなく、心を砕いてくれる過程や気持ちを向けて行動する誠意が重要でした。
絆の回復
「名前だけの先祖」ではなく、自分がここにいる流れに気づき、墓守の意識が途切れたことを取り戻せたことがこの旅の成果でした。親戚には霊の話をするには非常にデリケートなので、詳しい話はしていません。
私自身が感じていた不安や心配の原因を解明でき、自分の行いに納得することができました。父ですら知らなかった階段の存在も明らかになりました。霊の存在を一切信じない父はこのことで驚き、加勢さんの力を認めました。
この出来事を通じて、家族の間でお墓に対する意識が芽生えただけでなく、それぞれが「家族」において自分がどの位置にいるべきかを再考し、家をまとめていく姿勢が変わりました。「家族」の絆が強まったのです。
加勢さんは、「ご先祖様に対して行った善行は、恩恵として未来に現れるだろう」とおっしゃいました。「過去の整理は未来の整理にもつながる」とのことです。
このような問題に直面し、加勢さんに出会うことができたのは、血筋の中でも特別な役割を果たす人であるとのことです。私にとって、それが私の役目であると加勢さんは言いました。
あれから約1年が経ち、腰の重かった父も含め、今年の夏には家族全員で大分に墓参りに行くことになりました。これも、加勢さんとの出会いがもたらした大きな影響でしょう。
心身のバランスを整える
この他にも、身体の調子を戻してもらったことがあります。小さい頃に小児喘息を患っていた私ですが、突然その発作が出ました。苦しい思いをして医者に行きましたが、「治らない」と診断され、症状を抑える薬を処方されました。何度か通院した後、加勢さんに見てもらうことにしました。お会いして話をし、気の流れを整えてもらった結果、わずか30分ほどで症状が消えました。
「心の改善は必ず身体に現れる」と加勢さんは教えてくれました。ストレスを吐き出す(話す)ことが重要だそうです。気の調整で症状を和らげながら、心を解放していったのです。「痛みは『必要な痛み』です。それを全て取り除くことが価値あることではなく、なぜそれが痛みとして現れたのかを理解することに価値があります。」現在も、加勢さんには心身に何かを感じたときに相談に乗っていただいています。
その時間の中で、全ての面において整理がつき、迷いがなくなりました。次にやるべきことが明確になり、出会ってからあらゆる事の進行具合が早まったと感じています。昔は「そんなことはどうでもいい」と思っていましたが、人や物事に出会うのは必然であり、多くのことを得られると気づきました。
仕事の現場でもプライベートの瞬間でも、常にそのような意識を持つようになり、人の話に親身に耳を傾けるようになりました。加勢さんとの出会いによって、依存することなく多くの真実を知り、受け入れることができるようになったのです。
偶然を必然と思える心の強さを身につけたように感じており、その気持ちは今や何よりも貴重な心の財産となっています。